「性暴力」と「不適切な行為」はどう違うか|定義・行動規範・カスハラ対応まで行政書士が解説
はじめに:「グレーゾーン」で一番迷うのはどんな場面か
日本版DBS制度に関する相談の中で、「不適切な行為」の線引きは最も難しい論点のひとつです。現場でよく起きる困惑の具体的な場面として、こういったものが考えられます。
- 子どもの方から「もっと仲良くしたい」と距離を縮めてくる。どこまで応じるか
- スポーツ指導で身体に触れることは不可避。どこからが不適切なのか
- 保育園や障害児支援では子どもを抱きしめることが愛情を育む上で必要な場面がある
- 「不用意な身体接触」と言われても、何が「不用意」なのかわからない
「不適切な行為」に一律の正解はない(こども家庭庁Q&A・2026年4月)
「不適切な行為」か否かは、事業者の事業内容、こどもの発達段階や特性、現場の状況等によって変わり得るものです。ガイドラインに記載がある具体例は、全ての事業・施設で一律に不適切であると判断されるものではありません。(Q&A 2-5)
つまり、「不適切な行為」の正解はまだこの世に確定した形では存在しません。だからこそ、各事業所が自ら線引きを定めることが法律上求められています。この記事では、その線引きをどう設計するかを解説します。
第1章 「性暴力」と「不適切な行為」の法的定義の違い
まずこの2つの概念を正確に区別します。混同されがちですが、法律上の位置づけ・確認義務・対応の内容がまったく異なります。

重要な実務上のポイント
「不適切な行為」への対応が遅れると、それが「児童対象性暴力等」へとエスカレートするリスクがあります。「まだ性暴力には至っていない」という判断で対応を保留することは、法の趣旨に反します。そのため、違法・適法というよりは、「性暴力の防止」といった「予防の概念」にて適切・不適切を検討する必要があります。
第2章 行動規範の設計:正解がないからこそ「自分たちの答え」を作る
「不適切な行為」を各事業所が定めるべき理由
こども家庭庁のQ&Aは明確に述べています。「各対象事業者において、業務上の必要性を踏まえて『不適切な行為』の内容を定めるとともに、適切な防止措置を図る観点から、服務規律等に適切に反映することが必要です。」(Q&A 2-8)
これは「ガイドラインをコピーすれば足りる」という意味ではありません。
線引きの設計プロセス
同じ技術を教える事業でも、指導の仕方や子どもの接し方の方針は会社によって異なるため、不適切な行為の線引きも異なってきます。それは当然のことです。
まず「どんな子どもたちに何の技芸をどう伝えたいのか」という事業のあり方を明確にし、次に「子どもの安全を守る上で大切にしたいことは何か」を具体化する。その2つが揃って初めて、「うちにとっての不適切な行為」が決まります。このプロセスを省いてテンプレートをコピーした行動規範は、実態と乖離したまま機能せず、却って現場の混乱を招きますので、ご注意ください。
行動規範に盛り込む2つの区分
以下の視点を参考に、自事業所の実態に即して内容を調整してください。

身体接触の「4原則」:スポーツ・保育等での判断基準
接触が避けられない業務(スポーツ指導・障害児支援・保育等)では特に不安が大きい領域です。「善意だったから問題ない」という主張は、ガイドラインでは通用しません。「行為の客観的な様態と記録によって判断される」とされています。
身体接触が「業務上必要な接触」と認められるための4原則
- 目的が明確:「この支援のためにこの接触が必要」という理由が言語化できる
- 同意がある:子どもが嫌がっていない・保護者に説明している
- 複数の目がある:他のスタッフや保護者が確認できる環境で行われている
- 記録がある:支援記録に接触の内容・理由・子どもの反応を記録している
特定の子どもへの接触が繰り返される場合は、第三者(上司・管理職)が確認する機会を設けることも重要です。
第3章 違和感を「言える職場」の難しさ
「不適切な行為」の多くは、「周囲が違和感を感じていたが言い出せなかった」状況の中で進行します。では、「なぜ言い出せないのか」の理由を深堀りする必要があります。
違和感が共有されにくい理由
職場では、指導方法や価値観については、個々の指導者の考えに基づいて行われ、細かい話や考えはそもそも共有しないことも多いのではないでしょうか。
また、同僚の行動を「おかしい」と感じても、価値観の押し付けになりかねないと感じて言い出せないといった、忌憚なく意見を言い合える場はそうそうありません。だからこそ、「日本版DBS対応」として、違和感や意見を言い合える職場の風土づくりは制度の基準ではないものの、実効性高い安全確保措置のバロメーターの1つになると思っています。
では、相談がしやすい、風通し良く違和感を共有する体制の整備として、以下が重要です。
- 相談窓口の複数化
社内で相談できるルートは複数確保したほうが子どもの安全を確保できます。直属の上司だけでなく、別の管理職・外部相談員等の複数人に相談できる体制を整える - 内部通報者保護
相談した職員が不利益を受けないことを明示する - 定期的な振り返り
スタッフミーティングで「気になった行動はなかったか」を定期的に確認する時間を設ける - 外部の視点の活用
年1回以上、外部専門家に現場の状況を確認してもらう機会を持つ
第4章 カスタマーハラスメントと「不適切な行為の疑い」が同時に起きたとき
最も難しい場面:適切な指導へのクレームがカスハラに発展するケース
「子どもが性暴力や不適切な行為を受けた」と保護者が主張してくるケースがあります。このとき事業者は、状況が不明瞭な中、子ども・従業員にどう対処するかの難題に直面します。
- 子どもの安全確保義務
「不適切な行為の疑い」がある以上、こども性暴力防止法の趣旨に基づき誠実に事実確認を行う - 職員の安全配慮義務
適切な指導を行った職員が保護者の理不尽な要求で心身を傷つけられた場合、組織として職員を守る
まず、このような事態に陥った場合は、紛争に至る可能性も大いに考えられます。下図にあるフローがベーシックな対応となりますが、その前に顧問契約や身近に相談できる弁護士に相談することも相談先として組み込んでおくことをお勧めします。

さらに一歩踏み込んだ日ごろの予防策
「指導方針や不適切な行為の線引きについて、全従業員が似たような回答になっているか」「共通認識はできているか」——ここを適宜、確認しましょう。回答に大きな差があると、現場の混乱や保護者への納得感を得にくくなり、保護者の些細な違和感がカスハラに発展する起点となるかもしれません。
行動規範の整備と全員への周知が、保護者対応や社内ルールの明確化など、子供の安全確保の土台になるとともに、保護者のカスハラ予防にも繋がります。
統合相談窓口によるトリアージ
保護者からのDBS相談窓口とハラスメント相談窓口は、可能な限り「包括的相談報告窓口」として一本化することを推奨します。窓口が複数あると、対応が分散し事業所の行動に矛盾が生じます。
統合窓口の最大の役割は「トリアージ(初期分類)」です。
- 性暴力・不適切行為の疑い(内部リスク)
児童対象性暴力等対処規程のフローに従い、公平・客観的な調査を開始。保護者の感情的な主張に流されず真実の究明を最優先 - カスタマーハラスメント(外部リスク)
日本版DBSに関する保護者からの要求であることは大前提としながらも、窓口にくる通報の中には、保護者から職員への執拗な嫌がらせや会社への理不尽な要求を目的としているケースもあるかもしれない。こういったカスハラであることが明らか場合は、組織として即座に職員を保護し、カスハラ対応フローに切り替える必要がある - 経営層への適切なエスカレーション
一人で判断しない。事前に相談できる専門家(弁護士・社労士)との連携体制を平時に構築しておく
なお、「どちらの疑いがある場合でも、事業者は誠実かつ公平な視点であったこと、その視点に基づいた調査を行った」という記録を残すことも、重要です。記録は後の訴訟リスクへの備えになりますので、客観的かつ合理的な判断ができるまでは、公平な姿勢・視点を欠かさないよう慎重に対処しましょう。
まとめ:正解がないからこそ、自分たちのあり方から線引きを作る
「不適切な行為」の正解はまだこの世に確定した形では存在しません。ガイドラインの具体例は参考ですが、全事業所に一律に当てはまるものではない。
だからこそ問うべきは、「うちは何の技芸をどう伝えたい事業所なのか」「子どもの安全のために大切にしたいことは何か」という根本的な問いです。その問いへの答えが、あなたの事業所の「不適切な行為の線引き」になります。
制度が成熟するまでの間、現場が自ら基準をつくる姿勢が求められています。行動規範の整備・研修の実施・相談体制の構築を継続的に行うことで、少しずつ安全な文化が育ちます。一緒に考え、整備しましょう。
