DBSの難関「従業員の同意取得」手順:拒否された場合の配置転換と法的リスク
目次
はじめに:同意は必須かつ最難関:労働者保護と安全配慮義務のバランス
日本版DBS法(こども性暴力防止法)に基づく特定性犯罪歴の確認手続きにおいて、事業者が乗り越えるべき最初の、そして最も難しい関門が「従業員からの同意取得」です。
この確認手続きは、従事者本人の同意と情報提供(戸籍情報提供用識別符号の提出等)がなければ、一切開始できません。特に、制度施行時に既に雇用している既存従業員(現職者)に対しては、この同意取得が極めてデリケートな人事課題となります。
事業者は、子どもたちへの安全配慮義務を果たす責任がありますが、同時に、従業員の労働者保護とプライバシー権も尊重しなければなりません。本記事では、このバランスを取りながら、現職者を含む全ての従事者から、法的に有効な同意を円滑に取得するための手順と、その際に生じる法的・人事的なリスクについて、行政書士の視点から解説します。
同意取得の法的要件:「任意性」と「明確性」の確保
従業員から得る同意は、法的に有効である必要があります。単に書類にサインをもらえば良いわけではなく、労働契約法と個人情報保護法の観点から、「任意性」と「明確性」が厳格に求められます。
法的要件①:同意の「任意性」(強要の禁止)
同意は、従業員の自由な意思に基づくものでなければなりません。
従業員には、職業選択の自由や労働法に基づく権利が保障されているため、DBS制度の導入を理由に一方的に処遇を変更することは、訴訟や退職といったリスクに発展する可能性があります。制度の運用にあたっては、慎重な対応が求められます。
- 絶対的な強要の禁止
「同意しなければ解雇する」といった強迫的な言動は、不当解雇やパワーハラスメントと見なされるおそれがあり、重大な法的リスクを伴います。 - 不利益措置の明確化
DBS確認は公益性の高い制度ですが、同意を拒否したことのみを理由に、直ちに「不適格」と判断することはできません。事業者は、同意を拒否した場合に講じる人事措置(たとえば配置転換など)について、後述の就業規則に基づき明確に提示する必要があります。ただし、その提示の方法やタイミングについても、慎重な配慮が求められます。
法的要件②:情報の利用目的等の「明確性」(目的と仕組みの理解)
同意取得に先立ち、事業者は以下の情報を書面や説明会を通じて、従業員に事前に提供し、十分に理解させなければなりません。
- 利用目的の特定
取得した特定性犯罪歴の情報が、「子どもの安全確保の目的」以外に利用されないこと。 - 確認フローの厳格性
調査のもととなる戸籍に関する情報は、こども家庭庁を経由して法務省へと提供される極めて厳格かつ明確となっています。また調査によって明らかとなった特定性犯罪に関する情報は、法務省を経由してこども家庭庁から事業者へと流れる先が限定されていること。 - 情報管理の徹底
確認結果が事業所内で厳重に管理され、漏洩対策が講じられていること。
視点を変えて:身の潔白を証明する機会としての同意(制度への心理的抵抗を低減する工夫)
この制度は、事業者側の義務であると同時に、従事者本人にとっての「権利保障の機会」という側面があります。後述のセクションでも触れますが、特定性犯罪歴がない従事者にとっては、公的機関の確認を通じて自身の潔白を証明し、職業人としての信頼性を確保する機会となります。
このポジティブな側面を説明に加えることで、制度への心理的な抵抗を下げ、前向きな協力姿勢を引き出すことが期待できます。
同意文書の適切な作成と整備(雛形に求められる要素)
口頭での同意はトラブルの元です。必ず書面による同意書を作成し、両者が保管する必要があります。同意文書は、単なる署名欄ではなく、上記「任意性」と「明確性」を担保するための法的根拠を兼ね備える必要があります。
同意文書に盛り込むべき重要事項
同意の対象の限定明記
同意の対象が、あくまで「学校設置者等及び民間教育保育等事業者による児童対象性暴力等の防止等のための措置に関する法律」に基づく特定性犯罪歴の確認のみであることを明記します。他の犯罪歴や私的な情報まで確認するものではないことを明確に区別しましょう。
利用目的の限定と不利益処分の排除
情報が「子どもの安全確保のための防止措置」以外に利用されないこと、そして「正当な理由なく、本同意を理由として不利益な取り扱いをしない」旨を約束します。これにより、従業員の不安を解消します。
情報提供主体(本人)の義務
従業員本人が、戸籍情報提供用識別符号の取得・提出を適切に行う義務を負うことを明記します。手続きの実務的な流れを本人に理解させることが目的です。
拒否の場合の人事措置の明記
同意を拒否した場合、就業規則に基づき、子ども関連業務から外すなどの人事措置が講じられる可能性がある旨を記載します。ただし、この記載は文言が強圧的にならないよう、専門家と連携して慎重に作成する必要があります。
同意を拒否された場合の法的・人事的な対応フロー
現職者が同意を拒否した場合、事業者は極めて慎重な対応が求められます。拒否したという事実だけでは、その従業員に特定性犯罪歴があるかどうかは不明であり、不適格と断定することはできません。
対応原則:配置転換が第一選択肢
業務の変更・配置転換の検討
拒否された場合の原則的な対応は、当該従業員を子どもと直接接触する業務ではない業務へ配置転換することです。これは、事業者が負う安全配慮義務の履行と、労働契約の維持という二つの要請を満たす最も適切な措置です。
就業規則の根拠の重要性
配置転換や業務変更を行うためには、就業規則にその根拠が明確に定められている必要があります。就業規則にDBS確認への同意義務と、拒否した場合の配置転換に関する規定がなければ、事業者の措置は「配転命令権の濫用」や「労働契約法上の不利益変更」と見なされ、紛争に発展するリスクが高まります。
解雇の回避と正当性の確保
配置転換が客観的に不可能である、または従業員が配置転換を拒否し業務に従事できない状態が続いた場合に限り、雇用契約上の債務不履行を理由とした解雇の検討に進むことになります。しかし、解雇は常に解雇権の濫用と見なされるリスクを伴うため、配置転換の努力の記録や、本人との丁寧な面談(意見聴取)記録など、正当性を裏付ける証拠の積み重ねが不可欠です。
まとめ:トラブルを未然に防ぐ:同意取得に関する円滑な体制づくり
DBS認定の成功は、従業員との信頼関係に基づいた同意取得のプロセスにかかっています。このプロセスにおけるわずかな法的ミスが、不当解雇やプライバシー侵害といった重大な労働紛争に発展する可能性があります。
こうした手続きの複雑さや、法的・人事的なリスクを回避し、従業員の理解を得ながら円滑に制度を導入するためには、客観的な視点を持つ外部の専門家の知見が有効です。
行政書士などの専門家は、貴社の人事部門が安心して手続きを進められるよう、以下のような側面からサポートを提供することができます。
- 文書の法的チェック: 労働法や個人情報保護法に照らし、同意文書や就業規則に法的リスクがないか確認する。
- 適切なプロセス設計: 同意を拒否された際の配置転換など、人事措置の進め方について、紛争を避けるための客観的な助言を行う。
- 制度理解の促進: 従業員説明会などで、制度の厳格性や従業員を守る側面を中立的に解説し、制度への協力(同意)を促す。
トラブルを未然に防ぎ、貴社が本業である子ども関連業務に集中できるよう、同意取得のプロセスから専門知識を持つパートナーの活用を検討いただくことを推奨いたします。
