DBS認定の最難関:既存従業員(現職者)の同意取得と経過措置期間の法的対応

はじめに:新規採用者と既存従業員:なぜ「現職者」の対応が難しいのか

これまでの記事では、DBS認定制度の概要、対象事業の範囲、そして犯罪歴の厳格な確認フローについて解説してきました。
制度施行後、事業者様が直面する人事上の課題は大きく二つに分けられます。

一つは、新規採用者への特定性犯罪の犯罪歴の確認に関する説明です。これは採用プロセスの一部として、求人票に掲載するなどすれば比較的スムーズに制度導入が進むでしょう。
もう一つが、本記事のテーマである既存従業員(現職者)への確認です。現職者に対する確認手続きは、新規採用とは比べ物にならないほど複雑で、人事労務上の高いリスクを伴います。
なぜなら、これは既に存在する雇用契約の内容に、従業員のプライバシーに関わる新たな義務を追加する行為に他ならないからです。

DBS認定が義務化される民間事業者において、既存従業員の理解と協力なくして制度の運用は不可能です。
一方で、この厳格な確認フローは、現職者が自身の清廉潔白を公的に証明し、安心して業務に従事し続けるための「権利保障の機会」という裏返しでもあります。

本記事では、この現職者対応の難しさと、行政書士として取るべき法的・人事的な対応策について、詳細に解説します。

既存従業員(現職者)への確認:「経過措置期間」の論点

DBS法において、認定を受けた民間事業者は、現に子ども関連業務に従事している既存の従業員(現職者)についても、速やかに特定性犯罪歴の確認を行う義務を負います。しかし、全ての現職者に対し制度施行と同時に確認を完了させることは困難が伴うでしょう。

このため、法律には「経過措置期間」(猶予期間)が設けられることとなっています。民間事業所では「認定を受けた日などから1年以内」といった形で政令で定められる見込みです。

行政書士の視点:猶予期間の戦略的活用

この猶予期間は、単なる「手続きの先延ばし期間」ではありません。事業者がリスクを低減しつつ、計画的に制度を導入するための戦略的な期間です。

従業員への説明責任

期間内に制度導入の必要性と確認フローの厳格性(プライバシー保護)を十分に説明し、従業員から円滑に同意を得るための準備をしなければ、期間内に確認が完了しないリスクがあります。猶予期間内に確認が完了しなければ、その事業者は法令違反となり、認定の取り消しや是正命令を受ける可能性が出てきます。

計画策定と予算確保

猶予期間を見据え、対象となる従業員の選定をし、対象となる従業員数に基づいた確認申請の年間スケジュールを作成し、戸籍証明書等にかかる費用や、説明会実施のための予算を確保しなければなりません。

就業規則の改定や労働契約書の見直し

猶予期間が始まる前に、DBS確認の義務化と、その確認を拒否した場合の雇用上の取り扱いについて、就業規則を法的に整合性の取れた内容に改定し、従業員に周知することが必須です。また、場合によっては、労働契約書の結び直しをし、制度運用によって生ずる労働紛争のリスクを低下するための施策を実行しなければなりません。
また、派遣社員や業務委託社員などがいる場合、子どもと接する業務の場合は、特定性犯罪の犯罪歴の確認対象となります。そのため、派遣元企業との連携、業務委託契約書の見直しなども併せて行うことをお勧めします。

現職者対応の最重要課題:従業員の「同意」をどう得るか

DBS制度による特定性犯罪歴の確認手続きは、従業員(または就労希望者)の同意と情報提供(戸籍電子証明書提供用識別符号の提出等)がなければ、一切開始できません。
この同意は、事業者にとって法令遵守の義務であるだけでなく、従業員にとっては「特定性犯罪歴がないこと」を公的に証明し、職業人の信頼性を確保する機会となります。

新規採用者であれば、募集要項等で「同意は採用の条件である」と明確に提示できますが、既に雇用契約が成立している現職者に対しては、確認を拒否された場合の対応が最もセンシティブな課題となります。

法的・人事的なセンシティブな論点

既存の雇用契約に基づく確認の是非

DBS法は、児童の安全確保という極めて公益性の高い目的のために導入されます。そのため、現職者に対しても、事業者は安全配慮義務を根拠として確認を求めることが可能であると解釈されます。しかし、就業規則に明確な規定がない場合に強要することは、労働契約法やプライバシー権との関係で問題が生じるリスクがあります。

確認を拒否された場合の対応

従業員がDBS確認に必要な同意や情報提供を拒否した場合、事業者はその従業員を子ども関連業務から外す、または配置転換を行う必要が生じます。

  • 法的リスク
    「確認を拒否した」という事実のみを理由として解雇することは、解雇権の濫用と見なされるリスクが極めて高いです。解雇には「客観的に合理的な理由」と「社会通念上の相当性」が必要だからです。
  • 実務的な対応
    子どもと接触しない業務への配置転換が原則的な対応となりますが、そのポストがない場合は、雇用契約上の債務不履行(業務に従事できないこと)を理由に、慎重に手続きを進める必要があります。

社労士などの専門家の役割(従業員説明会のサポート)

現職者からスムーズに同意を得るには、「制度の正確な理解」と「プライバシー保護への信頼」が不可欠です。社労士や弁護士などの専門家は、以下のサポートを通じて、人事部門の負担を軽減し、同意率を高めることができるでしょう。

  • 説明資料の作成: 感情論ではなく、法律の根拠に基づき、DBS確認フロー(本人通知・異議申立)の厳格性を解説する資料を作成します。
  • 従業員説明会への同席: 制度上の疑問や法的解釈について、専門家として回答することで、従業員の納得感を高め、無用な混乱を防ぎます。

DBS確認の結果、不適格者が判明した場合の法的留意点

DBS確認の結果、特定性犯罪歴があり、当該従業員が業務を継続することが不適格であると判明した場合、事業者はその従業員を直ちに子ども関連業務から外す措置を講じなければなりません。この際の解雇や配置転換は、最も慎重な法的対応が求められます。

人事労務の観点からの注意点

解雇の正当性

不適格者が判明したり、性犯罪の疑いがあるからといって、即座に解雇が正当化されるわけではありません。判例の蓄積はありませんが、DBS法に基づく確認であっても、解雇などの懲戒は慎重に行うべきです。

  • まず、子どもと接触しない部署への配置転換を最大限検討し、雇用契約の継続を図る努力が必要です。
  • 配置転換が不可能である、または本人が拒否した場合に限り、就業規則に定める解雇事由に基づき、慎重に手続きを進めることになります。この解雇の正当性を証明するために、配置転換の努力や、過去の指導歴など、多角的な証拠が必要となります。

就業規則の「懲戒規定」の整備

DBS法対応として、就業規則に「特定性犯罪歴が確認された場合の配置転換または懲戒処分」に関する明確な規定を設け、従業員に周知することが必須です。これにより、後の法的な争いを避けるための根拠を確立します。

  • 規定が曖昧であれば、解雇は不当解雇と見なされ、高額な金銭解決や紛争につながるリスクがあります。

情報管理の徹底

不適格情報が判明した場合、その情報は極秘中の極秘として扱わなければなりません。情報漏洩は、重大なプライバシー侵害であり、名誉毀損やハラスメントにつながりかねません。

契約形態別責任論:派遣・業務委託従事者への対応

DBS確認の対象は、直接雇用の従業員に限りません。派遣社員や業務委託(フリーランス)として子ども関連業務に従事する者も、等しく確認の対象です。

派遣契約の場合の特殊性

確認申請の義務を負うのは、実際に子ども関連業務を指示する派遣先事業者です。特定性犯罪歴は極めて機微な個人情報であるため、派遣元と派遣先の間の契約で、個人情報の取得や利用に制限が設けられている場合が論点となります。この制限により、確認義務を負う派遣先が情報(犯罪事実確認書)を得られない事態を避けるため、派遣先会社と派遣元会社との間で、特定性犯罪の犯罪歴の情報取得の実施に関して円滑に行えるよう、契約を根本的に確認する必要があります。

業務委託契約の場合

委託契約に基づき業務を行う個人や法人も対象です。契約において、受託者側にDBS確認の義務(または受託者自身の従事者への確認義務)を負わせ、確認ができない場合の契約解除の可否を明確に規定する必要があります。

いずれの契約形態においても、契約関係に応じた契約書の修正は不可避です。行政書士は、これらのDBS関連条項の作成・見直しを通じて、貴社の法的リスクを最小限に抑えます。

まとめ:現職者対応こそ、きめ細やかさが必要

DBS認定の取得プロセス全体の中で、既存従業員(現職者)への対応は、法律、人事労務、プライバシー保護の全てが複雑に絡み合う最も難しい局面です。
猶予期間内に確認を完了させなければならないという時間的な制約がある中で、人事担当者が単独で、就業規則の改定、従業員全員への説明と同意の取り付け、そして不適格者判明時の法的リスクを考慮した対応を完璧に行うのは至難の業です。

もし、社労士や弁護士と顧問契約を締結している場合は、労働問題や訴訟に関する事例や情報を入手したり、相談をしましょう。もし、そのような方がいない場合は、行政手続きに精通している行政書士に、お問い合わせください。行政書士は社労士や弁護士などと連携している場合が多く、適切な情報を得られるでしょう。

  • 就業規則・雇用契約の改定代行
  • 従業員説明会での法的解説と質疑応答サポート
  • 不適格者判明時の法的手続きに関する助言

現職者対応の遅れは、猶予期間後の法令違反、ひいては事業継続の困難につながりかねません。猶予期間を最大限に活用するため、行政書士やその他専門家とタッグを組み、計画的かつ確実にDBS認定へのロードマップを進めることを強くお勧めいたします。

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