DBS制度が変える雇用慣行と将来展望|外国人従業員の対応・行政の多層化・福祉分野への波及【行政書士の見解】
目次
はじめに:実効性のある制度になってほしいという願い
日本版DBS制度が始まることを知ったとき、「やっと来たか」という感覚と「大きな変化だ」という感覚が同時にありました。
教師による子どもから性暴力を守るデータベースの仕組みは運用が完全ではなく、課題が指摘されていましたが、新たにこどもへの安全や未来を守る制度が法律として動き出したことは、素直に良かったと思っています。
率直な見解
日本版DBSは英国のDBSと比べると制度としてはまだ甘い部分があります。また、仕組みとしても複雑で運用しにくい点もあります。それでも、子どもを守る仕組みができたことは素直に「良い」と思っています。まずは認知が高まり、運用の実態が積み重なり、適切かつ効果的な運用が定まることで実効性の高い制度に育っていってほしい。行政書士として、その過程を支える仕事がしたいと思っています。
本記事では、日本版DBS制度が採用慣行・雇用実務にもたらす長期的な変化と、外国人従業員への対応、行政の多層化という実務上の課題、そして今後の制度拡大の可能性を整理します。
第1章 日本版DBS制度が採用慣行に与える長期的な変化
「子どもへの安全性」が採用の法的条件になった
日本版DBS制度の最大の変化は、「子どもに接する仕事に就く人の安全性を確認することが法的義務になった」という点です。これまで個別事業者の判断に委ねられていたことが、制度として確立されました。
採用フローへの影響として、以下が一般化していくことが予想されます。
- 業務委託・派遣契約にも犯罪事実確認への協力義務が盛り込まれていく
- 採用選考における「犯罪事実確認手続きへの同意」が雇用契約の前提条件となる
- 求人広告・募集要項に犯罪事実確認の実施を明示することが標準になる
- 犯罪歴判明時の配置転換・解雇の法的根拠が就業規則に組み込まれる
コンプライアンス経営への転換:「守り」から「攻め」へ
公立学校での日本版DBS制度の運用が定着するにつれ、「子どもの安全基準」が社会的なスタンダードになっていきます。この基準をいち早く導入した民間事業者は、保護者からの信頼という点で競争優位性を持ちます。
さらに業者間取引でも、業務委託・派遣契約において犯罪事実確認への協力体制が取引条件として機能し始めます。コンプライアンスを怠る業者は事実上、市場から選ばれなくなる——そういう流れが来ると見ています。
認定は「目指す未来に添う形」であれば投資とも捉えられる
日本版DBSの認定を取得することを「投資」と言えるかどうかは、その事業者が目指すビジョンと合っているかどうかによります。「子どもの安全を守る事業者として社会に認められたい」という考えとトレンドや目指す未来に、認定という形が添うのであれば、それは間違いなく投資です。言われたから、周りがやっているからという価値観ではなく、自分たちのあり方として選ぶ——今は、その視点で捉えてほしいと思っています。
第2章 行政の多層化:事業者が直面する「誰に聞けばいいのか」問題
日本版DBS制度の所管はこども家庭庁ですが、生業を営むにあたって許可を必要とする対象事業者はそれぞれ既存の所轄庁を持っています。この多層的な構造が、現場での混乱を生む可能性があります。

義務事業所の実務上の課題
義務化対象事業所(学校・保育所等)の場合、こども家庭庁と既存の所轄庁の二重管理というイメージになります。とはいえ、平たく言うと「DBS関連の疑問はこども家庭庁、日常の運営は文科省・都道府県」といった認識が整理されていないと、現場で何かあったとき「どこに確認すればいいのか」で混乱する可能性があります。
加えて、日本版DBS制度には運用にあたって、警察庁・法務省・こども家庭庁という複数の行政機関が関与しています。不祥事が起きた際に「誰に何を報告すべきか」が不明確になるリスクがあります。行政書士として、こういった場面でのナビゲートができるよう体制を整えています。
第3章 外国人従業員の犯罪事実確認対応:確認できない範囲とその補完
日本の犯罪事実の照会は「国内記録」が対象
こども性暴力防止法に基づく確認義務は国籍に関係なく適用されます。しかし、日本の犯罪事実確認が照会できるのは原則として日本国内での犯罪記録です。海外での性犯罪歴は確認できません。
一方で、在留資格を持っている外国人は、日本での入国審査(上陸基準)でのフィルタリングが機能しています。つまり、一定程度の罪を犯した外国人は上陸拒否されるため、犯罪歴のある人物が在留資格を取得できているケースは限られます。ただ、「海外の性犯罪歴が調べられない」という事実は事業者にとって不安を感じる点であり、情報取得の手続きも煩雑なため、運用上の負担も大きい領域です。
外国人従業員への現実的な対応

「外国人は採用しない方がいい?」という相談への答え
犯罪事実確認で把握できる範囲が限られるからといって、外国人スタッフの採用を避けることは合理的ではありませんし、差別的な判断にもなりかねません。犯罪事実確認による事実照会・宣誓条項・面接での適性確認という三段構えで対応し、採用後の日常的なリスク管理を丁寧に行うことが現実的な答えです。
第4章 制度の将来展望:福祉分野への波及と国際比較
他のサービスへの波及の可能性
現在の日本版DBS制度は子ども関連業務が対象ですが、福祉分野への波及が予想されます。障害福祉では虐待防止の観点がすでに制度として存在しており、子どもとの接触が多い通所系サービスなどは、DBS的な仕組みが広がる余地があると私は考えます。
福祉分野への波及予想
障害児通所支援(放課後等デイサービス・児童発達支援等)はすでに義務対象です。一方、居宅介護・同行援護・行動援護などの居宅系サービスは現状では任意認定の対象にとどまっています。親の目の届く範囲ということで閉鎖性や支配性の要件が適合しないことが、義務対象から外れた理由と推定されます。
障害福祉は、虐待防止の観点がある分野であるだけに、制度の実効性が積み重なったり、性虐待の実態によっては、居宅系サービスにも義務が拡張という議論が出てくるのではないかと思っています。
英国DBSとの比較と制度変容の可能性
英国のDBSは、より広範な犯罪歴確認を持ちます。日本版はよりプライバシー保護や従業員の労働の権利など、子供だけでなくあらゆる立場の人の権利を考慮したため、確認できる犯罪も限定的となっています。
今後、制度運用の実態データが蓄積されれば、「確認対象となる犯罪の範囲」「情報提供の頻度」「義務事業者の拡張」といった制度変容の議論が起きる可能性があります。同時に、プライバシー権との衝突という根本的な論点は変わらず、慎重な議論が求められ続けるでしょう。
行政手続きのデジタル化と連携の可能性
現状の犯罪事実確認フローはGビズIDやマイナンバーカードの活用を前提とした仕組みとなりました。今後、行政手続きのデジタル化がさらに進めば、照会の迅速化・複数機関との連携が改善されていく可能性があります。事業者にとっては運用負担の軽減や照会期間の短縮化につながる可能性も出てくるでしょう。
まとめ:目指す未来に認定という形が添うなら、それは投資
日本版DBS制度は、子どもへの安全確保を法的に義務化した、日本の雇用慣行における大きな転換点です。スモールスタートであっても、認知が高まり、実態が積み重なることで、より実効性の高い制度に育っていく——私はそう信じています。
採用フローの変化・外国人従業員への対応・行政の多層化による実務負担——これらはすべて「制度が根付いていく過程」で生まれる課題です。一つひとつ丁寧に対応していくことが、事業者としての信頼を積み上げます。
「子どもの安全を守る事業者として社会に認められたい」という目指す未来に、日本版DBS認定という形が添うなら、それは投資です。その判断と準備を、一緒に考えさせてください。
